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殺人事件の時効廃止の活動を見て

殺人事件の公訴時効撤廃を求める被害者遺族の会が設立されたという記事が、ニュースサイトに掲載されていた。
自殺の話ではない。
しかし、15年、25年過ぎても消えない遺族の無念を思うと、他人事のようには思えなかった。


記事には、20年程前に、長女を殺害された母親の言葉が載っていた。

「時効が来る午前0時まで逮捕の知らせを待っていた。すごく悔しかった。犯人への思い、娘への思いは今も変わらない。この苦しみをこれからの遺族に味わわせたくない」と話した。
「遺族の悔しさは変わらないのに、時効は犯人の顔も名前も消してしまう」と耐えられない気持ちになった。

...。
20年経っても、悔しさは変わらない。
きっと、そうなのだろう。
自死だってそうかもしれない。

たとえば、20年後。
もし、私がまだ生きていたとしたら、弟のことを想い、悲しみ続けているだろうか。
当然だろう。
その悲しみの質が変わっていたとしても、その悲しみが消えることは、絶対に無いだろう。
私の意識が機能しなくなるまでは。


また、その罪が否定されるのなら、被害者の死まで「無かったこと」にされるように感じるのではないか?
そんな仕打ちに、耐えられる人間など居るのだろうか?
たった15年、あるいは25年。
どうして、そんなに短い時効が定められていたのだろう?
どうして、時間が経つと、罪が消えるなどという犯罪者に都合の良い法律が成立したのだろう?
わからない。


犯人が逃げ続けているのなら、その間、罪は重くなり続けて然るべきだろう。
通常、犯罪の直後に自首するのが、最も罪が軽い。
時効は、これに正面から反する仕組みだ。
どれほど軽い犯罪でも、時間の経過とともに罪が加算され、最後には必ず無期懲役か極刑になる。
被害者の心情を考えれば、そのような制度が当然ではないのか。
...極論だとは思うが。


私は、殺人事件の遺族ではないが、このような活動も応援したいし、機会があれば協力したいと感じた。


関連リンク
asahi.com(朝日新聞)
「時効」撤廃求め、未解決事件の遺族ら「宙の会」結成

YOMIURI ONLINE(読売新聞)
殺人事件の遺族ら、時効撤廃求め「宙の会」設立

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