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グリーフケアへの疑念の払拭

雑誌SOGI グリーフワークインターネット上でグリーフケアやグリーフワークについて記載したページはいくつもあるが、今日、初めて納得のいく文章を読んだ。
表現文化社のWebサイト『雑誌SOGI』の『グリーフワーク』のページだ。


このページの文章を読んで、私のグリーフケアに対する懸念や疑問、不信感は、かなり払拭された。
いや、不信感は依然としてあるのだが、それをどう解決すれば良いのかが、かなりはっきりと見えたように感じた。

筆者が言うには、配偶者を喪ったある男性が、亡くなった妻の一代記を作成するうちに変化が起こり、作業が終わったときには、立ち直っており、性格も変わっていた。これがグリーフワークであるという。
まぁ、立ち直ったという表現に違和感は感じるが、言わんとしていることはわかる。


また、配偶者を喪った妻が仏前で亡夫に語りかけること、自死遺族の会、親を失った子供が壁にボールを投げつけてストレスを発散すること、死者の供養を願って四国のお寺参りをすること。これらはみな、グリーフワークだと言う。
...。
これらの言葉で、かなりはっきり感じた。
グリーフワークは、多分、決まった作業ではない。
そして、それは、外見的には、グリーフワーク以外の作業と、何も変わりはしない。
何も、特別なことをする必要は無い。
ただ、その悲しみの心に素直に従って、やりたいことをやる。
それなら、どんな人にだってできるはずだ。
例えば、私がこうしてブログの記事を書くのも、間違いなくグリーフワークだろう。


私は、現在、グリーフケアと言われているものは、一部の人しか恩恵を受けられないのでないかと思っていた。
例えば、自死遺族の会への参加など、様々な制約によって、可能な人など、ほんの一握りのはずだ。
そうではなかったのだ。
グリーフケアが、グリーフワークをサポートするものならば、そんな形に縛られる必要は無い。
良かった。
心から、そう思った。

 悲嘆は悲嘆によってのみ癒される。悲嘆はその想いを表出し、悲しむという作業(=グリーフワーク)を通じて癒される。適切なグリーフワークを行うことによって悲嘆の中にある者は回復に至るが、グリーフワークが歪められたり、悲嘆が抑圧されたりすると、その悲嘆はいっそうその人を傷つける。

「悲嘆は悲嘆によってのみ癒される」。
この言葉が凄いと思った。
私の疑念が、迷いが払拭された。
例えば「自死遺族の会への参加」、あるいは「温かい紅茶」。
それ自体が、悲嘆を癒すことは無い。
そういうことなのだろう。


後半の、服喪とグリーフワークに関する文章も驚きだった。
たしかに、法要などの儀礼は、本来、グリーフワークを行なう機会として機能していたのだろう。
今は、場合によっては逆だ。
一番悲しみたいときに、あるいは悲しまなければならないときに、多くの作業をこなしたり、客の相手をしなければならない。
特に自死の場合など、これはとてつもなく過酷な作業だと私は思っていた。


最後に、グリーフケアを行なう立場の人に対する筆者の考えが書かれている。

「ケアする立場にある人は、自分が大切な人(親、配偶者など)を喪った時のことを想起しなさい、もしそうした体験がない場合には、自分が今最も愛している存在を喪ったら自分はどうかということを想像しなさい」と勧められる。同じ死別体験者同士の交わりが効果があるのは、悲しみを共有しているからだという。悲嘆、心の痛みに対しての共感がある時のみ心は開かれる。
 だから必要なことは立ち直るための助言や指導ではない。心を開くために暖かな紅茶を用意してあげたり、孤独ではないと手を握ることであったり、黙って心の傷を吐き出すのに耳を傾けることであったりする。それぞれに応じて抑圧や制約を取り去り、解き、悲しみを胸の内から引き出し、悲しむことができるように環境を用意するくらいのことである。もし自分がその悲嘆の中にあったら他人にしてほしくないことをしないことである。

ここに書かれていることを読めば、もうグリーフケアに関して他に知る必要のあることなどないのではないかという気がしてくる(そんなことはないのだろうが)。
他の書籍やサイトでは、(グリーフワークに付いて)大抵、外国人の考え出したプロセスやら段階やらが事細かに書かれている。
まぁ、知っておいて損は無いのだろうが、それはけっして本質的な部分ではないのだろう。


私は、これからグリーフケアを学ぶことに付いて不安を持っていたのだが、これでようやく安心して学ぶことができる。
このページの筆者の碑文谷氏には、お礼を言いたい。

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