祈り

何年か前、弟は、天使か女神が指を組んで、天に祈りを捧げている像を自分で創り、母親の誕生日に贈ったことがあった。
弟が何を思ってそれを創り、母に贈ったのかは解らない。
しかし、形や色合いなどが良く出来ており、非常に驚いた記憶がある。


今回、一周忌法要で実家に帰った際、この像のことを思い出し、飾り棚から取り出してみた。
目を閉じ、指を組んで天に祈りを捧げる、双翼の天使の顔は、自死の後、白い布団に横たわっていた弟の安らかな顔に、良く似ていた。


弟は、何を願い、何を望んで死に向かったのだろう。
彼の自死の理由は、彼はその手がかりを遺してはいたものの、未だ不明のままだ。
もっとも、何かしら解ったところで、それが正しいとは限らないということは、自死に関する勉強をしたおかげで、概ね解っている。

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自宅に帰る

昨日、一周忌法要が終わり、今日は親戚の家を挨拶に廻り、実家から自宅へ帰ることになった。
弟の写真が飾られた祭壇に、じゃあ、またね、と声をかけてから、泊まっていた部屋を出た。
外の景色は、昨日と対照的に、雨で煙っていた。
そういえば、これまでこの土地から私が去るとき、大抵、雨や雪になっていたことを思い出した。
特に、正月に実家から自宅へ帰るときには、それが外れた記憶がない。
帰る前に海を見に行ったら、その数日前とは打って変わって荒れていたこともあった。
...。
いつも、ただの偶然だと思いながら、それでも私の心象を現実に映すようなこの習慣が長い間続いていることを、少し微笑ましく思う。


自動車ですぐに行ける距離にある低い山々は、雨で煙り、輪郭だけが所々、その煙りの中に浮かび上がっている。
先程見た、この土地に何十年も住み続けている叔父がこの山々を描いた水墨画と同じ絵を見ているような感じがした。


自宅の最寄り駅から出る列車に乗る。
幼いとき、ときどき泊まりに行っていた従兄の家の側の駅に泊まる。
今は彼は実家を出て、同じ駅の側に夫婦で暮らしている。
彼と私と弟で、一緒に寝たときのことを、昨日のことのように思い出す。

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一周忌を終えて

弟の一周忌の法要は無事終わった。
来客は私の実家に集まり、食事をして帰って行った。
思っていたより、随分とあっけなく終わったように思う。


法要自体は、これまでのものと、そう変わらなかった気がする。
僧侶が弟の法名を読み上げたときだけ、ああ、弟にまつわる儀式だったんだな、と思ったくらいで、あとは、全く型通りだったようだ。


有り難いことに、体調はあまり悪化しなかった。
さすがに気分は重かったが、葬儀や四十九日法要の時の比では無い。
集まった人たちが、弟とは関係ない話で大声で盛り上がっているのがかなり辛かったのと、お経をあげる間、退屈で眠くて疲れたが、過ぎてしまえば、それほど苦しさは残らなかった。

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一周忌の前に

駅で忘れた荷物を、忘れ物センターで受け取るため、駅の改札を出る。
かつて、弟が車で私を送り迎えしてくれたことのある場所の側で、少しだけ立ち止まる。
強い感傷は感じない。
ただ、弟への愛おしさと感謝を感じるだけだ。


忘れ物センターで荷物を無事受け取り、帰りの列車が出るまで、ホームのベンチで座って待つことにする。
地方のため、次の列車が出るまで、40分程時間がある。


体調と精神状態は、やや風邪気味なのを除けば、かなり良いように思う。
心地良さを感じる天候のせいもあるのかもしれない。


弟の自死の直後、私は弟の意思を、決断を受け入れたいと思った。
認めたいと思った。
でも、それは、苦しい中、あるいは呆然とした中での決意だったと思う。
少なくとも、強い痛みを伴う決意だった。
あるいは、精神的な自己防衛のための行為だったのかもしれない。
当時を思い出すと、少し泣きそうになる。


今は...弟の意思、決断というよりは、その生を、...つまりは、死を含んだ彼の世界の形を、あまり無理を感じず、ほとんど抵抗を感じずに、受け入れているような気がする。

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一周忌の朝(10回目の月命日)

昨晩は、寝るのが少し遅かったが、良く眠れた。
普段、10月のこの時期に、私がこの土地に来ることはなく、冬に近い寒さを感じながら、その寒さに苦しめられずに眠れたというのは初めての経験かもしれない。


実は前日、実家や親戚へのお土産を、ターミナル駅に忘れて来てしまっていた。
これまでそんなことは一度も無く、やはりダメだな...と思いつつ、そうした各種の能力が激減している自分を受け入れるだけの精神的な余裕は、今はある。


食事の後、最寄りの駅まで行くため外に出ると、外は、雲が殆どない快晴だった。
最寄りの駅からターミナル駅に向かうために、電車に乗る。
私の実家は、父の実家の側にあり、私は子供の頃、都内の自宅から、長い休みになる度に、楽しみに何度もこの土地を訪れた。
帰りには、祖母と叔父、叔母が、この最寄り駅まで見送ってくれた。
いつも見送られていた場所に、ひとりで立ってみる。
祖母と叔父は、もういないが、でも...今は痛みは感じない。
暖かい光に包まれながら、30年近く前にそこに立っていた彼らを思い、私は幸せな気持ちになる。

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一周忌の前夜に思う

10か月程前の冬の最中、客間に敷かれた布団に横たわった弟の顔は、眠っているようだった。
今でも、その顔ははっきりと目に焼き付いている。


弟は、私と同じく、写真を撮られるのを嫌がっていた。
だから、彼の生前の写真は少ない。
遺影には、数年前、私がたまたま親戚の家で撮っていた弟の写真を使った。
だから、遺影と弟の最後の顔は、少し違う。
横たわった彼の顔は、私が知る中で最もやせ細り、骨張っていたが、いつも通り安らかだったように思う。


彼は生前、怒った顔を殆ど見せなかった。
嫌なことがあっても、多少気難しそうな顔をするくらいで、声を荒げるようなことはなかった。


弟は、だから私から見れば、精神的にできた人間のように思っていた。
でも、実際にはどうだったのだろう。
彼の悲しみ、怒りは、どこにあったのだろう。

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10か月を振り返って

明日は、弟の10回目の月命日で、一周忌法要がある。
この1か月、弟が自死した昨年の12月からそれまでを振り返った文章を書いた記憶はあるが、この1か月は体調も精神状態も悪く、ブログには掲載していないかもしれない。


現時点では、この10か月は、それなりの時間があったように思う。
つい最近まで、10か月前が、ほんの数日前であるように感じていた。
精神状態が悪く、過去を思い出す余裕がなかったのかもしれない。
あるいは、自分と自分の過去を否定し、大切な思い出さえ否定しかけていたので、その間の時を感じないようにしていたからかもしれない。


この10か月、たしかに短くはあったが...でも、様々な体験をして、知識を得て、関係を築いた。
それらは、昨年12月以前の自分と比較すると、驚異的なことだとさえ思う。
自分は、システムエンジニアを生業とし、医療分野に関わりながら、自分の目標に向かって歩いていた。
しかし、その歩みは、ともすれば日々の生活に埋もれ、目標を見失いがちになっていた。
自分は精いっぱい生きていたつもりだが、一方で、そうして曖昧なまま、自分の貴重な時が磨り減っていくのを、ぼんやりと不安に感じてもいた。

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実家へ

弟の一周忌に出席するため、実家に向かっている。
弟が自死したのは、10か月程前だが、実家は冬が厳しい地方にあり、2か月程繰り上げて一周忌を行なうことにしたそうだ。


一昨日は、弟ではないが、見知らぬ人が、体は白骨になりながら生きている夢を見た。
白骨を夢に見るような心当たりはないのだが、散骨のことでも、ひっかかっているのだろうか。


体調は、しばらく続いていた頭痛、眼痛、筋肉痛などの諸症状が多少弱まったと思ったところで、風邪をひいたらしく、はなが出たり、頭がぼうっとして目眩がするようになったため、医者に行った。
薬を飲んで1日程すると、だいぶ楽になったが、以前からの諸症状は、今も残っている。
はっきりとは解らないが、やはり、一周忌を意識した記念日反応と考えて良さそうだ。


それでも、四十九日法要のときのような、歩くのも苦しいという状態よりは、だいぶ楽なような気がする。
精神的なゆとりもあるように感じる。
葬儀や四十九日法要の時は、初めてのことも多く、覚悟する暇さえなかったような気がする。
しかし、今は、こうした状況を調べたり話したりする方法を知っている。
...安心して、悲しめているような気がする。

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絵本『いのちの時間』を読んで

『いのちの時間』という絵本を読んだ。
さまざまな生物がいて、生とともに死があり、どの生物にとっても、どのような生き方でも、そこには「生きてる時間」がみちており、「いのちの時間にかわりはない」としていた。
どのような年齢を対象に書かれたのかは解らないが、日本語訳者のあとがきでは、海外で、病気により死を目前にした5歳のこどもに、読み聞かせていたのを見た、とあった。


5歳のこどもでも、理解できるように自分の想いを伝える。
それは、私が昔、自分に課した目標の一つだった。
本当は、生まれたてのこどもと言いたいところだが、...そこまで行ければ行きたいのだが、まずは、言葉をある程度理解できるであろうと思われる、5歳という年齢を想定した。
どうしてこの世界があり、どうして自分の命、意識があり、どうして時間が流れているのか。
それを、誰にでも解る形で伝えること。
それが、私の目標だった。


弟の葬儀か通夜の挨拶のとき、私の父は、集まった人に対して、弟が生きたのは短かったかもしれないが、生きる時間は人それぞれであり、彼は自分の生を生きたんだ、という話をした。
そこには、良い、悪いの評価は無かったと思う。
一方、父と同年代の知人は、自分はこの歳まで生きてきたが、長く生きたからといって、それが必ずしも良いとは言えないだろう、と私に語った。
それは、ともすれば、自分の人生へのグチのようにも聞こえるし、彼は私の弟の自死のことを知っており、それを意識してのことかもしれないと思った。
どちらとも判別できず、私は、その知人に、父の葬儀の挨拶を伝えたところ、父のことを『真実の人』だ、と言った。
私は、くだらないおべっかだとも感じたし、他人を『真実の人』と呼ぶとは、どれだけ自己評価が高いのだろう、とも思った。
ただ、彼がそう評価したということは、ある程度は、似たような想いがあるのだろう、とも思った。

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...一応、警告はするが、生々しい描写を読みたくなければ、今回の記事は、ここで読むのを止めて欲しい。
記事の後半に、人によっては苦しい描写があるかもしれない。


時々購入する、豆乳製品の賞味期限は、来年の1月以降を示すようになり、12月と表示されていた時よりは、遥かにショックが少なくなった。


暫く消えなかった怒り、憎しみの感情は、今は直視しても、ほとんど認識できない程に微かなものになっている。
このような幸せな日が来るとは、正直思っていなかった。
それほど、他人を憎み、恨み、結局それを全て自分に向けたときの痛みは辛かった。
あれほど泣いたのは、弟の自死の後、暫くの間以降は、なかったのではないかと思う。


しかし、体の不調が、どうにも治まらない。
精神的には、だいぶ楽になったように思う。
仕事についても、感じるストレスは、かなり軽減してきたように感じる。
ただ...これらのストレスが減るとともに、...たぶん、本来、感じて然るべきだった、弟の一周忌へのストレスが、強まって来たのではないかと思う。

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