親戚

(この記事は、2010年1月3日に書いたものです。)

2日は、実家に何組かの親戚が訪れた。
皆、黙って弟の祭壇に手を合わせて行ってくれた。
私は、彼らが終わるのを待ってから、感謝を述べた。


彼らは、弟の死を、どう受け止めているのだろう。
彼らが祈りを捧げる時間は、一様に長かったと思う。


見知らぬ祖先が、そこに祀られている訳ではない。
自分と親しかったもの、自分が愛した者がそこに居る。
そこは、たしかに、祈りの場というよりは、彼との交流の場だったのだろう。

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1月の最初の日

昨夜は夜通し風が強かったようで、なかなか寝付けなかった。
朝起きると、部屋は冷えており、また外の天気も相変わらず悪いらしく、あまり気分は良くない。
一般的な喪中の定義によれば、すでに私の家族の喪中は終わっている。
しかし、示し合わせてはいなかったが、今朝は誰も、新年を祝福する言葉は口にしなかった。


両親は、私よりも先に起きていて、居間のテレビがついていたが、自然のドキュメンタリーか何かが流れていて、新年を感じさせる内容ではなかった。
ありがたいことだ。


母は、一応正月らしく、煮た餅を朝食に出してくれた。
朝食の前の挨拶で、母は、体を大事に、命を大切にね、と言っていた。
父と私は、何も答えなかった。
私の胸に刺さる言葉ではあったが、それが彼女自身を含めた家族への思いであるのなら、仕方が無いだろう。

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暗い夜

(この記事は、主に2009年12月31日に書いたものです。)

私は、生まれ育った土地から、一度も外で暮らしたことが無い。
僅かに、子どもの頃、弟が生まれるときに、親戚の家に預けられたことがあるくらいだ。
だから、今の実家がある土地は、基本的には未知の土地である。


今の実家がある場所は、田畑が多いためか、夜はとても暗い。
車で道路を走ると、遠くに点々と灯りが灯るだけで、周囲のほとんどは、黒に近い色で覆われている。
今は駅から実家に向かう高速バスに乗っているが、周囲は闇に包まれ、すれ違う車も少なく、とても心細い。
バスが風を切る音も不気味だ。
だが、以前は、こんな感じはしなかったように思う。


弟は、ずっと両親と暮らしていたため、この土地に長く住み、夜はずっとこの景色を見て生きて来たのだろう。
彼は、この景色を、恐ろしく思わなかったのだろうか。


両目が少し痛い。
バスの中でパソコンを使っているためかもしれないが、それよりも、弟が亡くなった時期に、実家に近づいているということが大きいのではないかと思う。

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正月の雰囲気

(この記事は、2009年12月31日に書いたものです。)

クリスマスが終わった途端、良く行くスーパーでは、正月の飾り付けが行なわれ、それらしい音楽が流れ始めた。
以前から、鏡餅やら年賀はがきやら、正月を思い起こさせるものが目に入り始め、ついにそれが堂々と表に出てきて山場を迎える。
クリスマスは、飾り付けが綺麗な場合も多く、まだ気が紛れるように思う。
しかし、めでたさを全面に押し出した正月の雰囲気は容赦が無く逃げ場がないため、弟の命日であるクリスマスよりも、むしろ意識する苦しさは強いような気がする。


去年の正月は、どうだったろう。
その記憶は、実はあまり残っていない。
自死について調べたり、心身の痛みにもだえていたりしたのだったか。
親に手紙を書いていたようにも思う。
...。


ここ数年、弟と、正月を一緒に過ごしたような記憶はない。
弟は、正月でも、食事が終わると、...多少は居間に長くいたのかもしれないが、すぐに自室に戻っていたように思う。
ああ、彼は、冬でも薄着でいたっけ...
理由を聞いても、答えてくれなかった。
風邪をひかないように気をつけてねと言っても、大丈夫と答えるだけだったと思う。

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実家へ向かう

(この記事は、2009年12月31日に書いたものです。)

自宅から実家へ向かう電車に乗っている。
ここ数日は、仕事のため2日間程、徹夜をするはめになった。
他の用事も重なり、家事をまともにこなすこともできなかった。
そうした仕事を押し付ける人間も、間違いなくどうかしていると思うが、それを断れない自分にも問題はあるのだろう。
...相手が医者で、私の体調が万全ではないのを知っての上というのが、一番問題だろうとは思うが。


家を出たときは、昼間と違い、強い北風が吹いていた。
幸い天気が良かったため、弟の葬儀や四十九日法要の時の記憶に直結しなくて済んだようだ。
体調は悪くない。


家を出る前に、弟の写真に声をかけて来た。
四十九日法要の時のような違和感はない。
弟が側にいるように感じ、かつ実家に祭壇があるのも、...まぁ、仕方がないだろう。

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命日

12月25日は弟の命日だったが、私は結局実家へは行かずに、自宅にいることにした。
10月に、2か月繰り上げて一周忌法要を行なっており、この日は普通の月命日の供養をするだけだそうで、実家からは、無理に来なくても良いだろうと言われていた。
それでも、両親に何かあると心配だったので、前日から仕事を休み、待機を兼ねて家で静養することにした。


正月には実家に帰る予定だが、その前に確実に仕上げなければならない仕事を一方的に押し付けられており、命日に実家へ行くのなら、短期間で自宅と地方にある実家を往復しなければならなくなる。
それほどの時間的、経済的な余裕は、今の自分には無い。
そうした事情もあった。


にもかかわらず、知人の精神科医は、私に実家に帰るよう、かなり強く主張していた。
少し前に、金がなくなったという理由だけで、過去に遡って私の給料の減額と、交通費の全額カットを宣告して来たにも関わらずだ。
その宣告も、自分では私に直接言わず、他人経由でしてきて、私が確認するまで黙っているところが、途方もなくイヤらしい。
まぁ、そんな救い難い人間だからこそ、私が相手をしてやらねばと思うのだが。
だが、ただでさえ調子が悪いときに、そのような真似をされると、やはりなかなか辛いものがある。

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電話越しに

24日の夜、両親が心配で電話を実家にした。
電話は、いつも通り母が出たが、その声は小さく遠く、時折泣いていたようだった。


私は、両親が声を出して泣いているのを聞いたことが無い。
二人とも、人前で泣くのを恥とする、日本の旧来の伝統を色濃く受け継ぐ性格だと私は思っている。
ただ、母については、これまで2、3回、涙を浮かべて話しているのを見たことはあった。
だが、今回は、電話越しではあったが、たぶん泣いていたのだと思う。


母は、やっと自分が悪かったことが解ったと言っていた。
毎日、朝昼晩、弟の祭壇に食事を運び、話をしていた結果なのだろう。
これまでは、なぜ、どうして、ということばかりがあったという。
母は、弟に悩みがあるようでも、大人だからという理由で、多くの干渉をしなかったことを後悔していた。


私は、その態度は正しかったし、たとえ私が身近にいても、弟の自死を防ぐことはできなかったと思うということを伝えた。
その言葉は、母の耳に届いたのだろうか。返事はなかった。

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活力

ブログにいただいたコメントに返答した後、知人からもらったハーブティーを飲んだ。
このハーブティーの葉は、知人が私の体調を気遣って贈ってくれたものだ。
ハーブティーの薬効は気休め程度だと思うのだが、ブログのコメントの対応と合わせて、気分がしっかりとしてきたように感じた。
何かを食べたいと思ったが、家の食べ物が無くなりかけていたので、買い物に行くことにした。
弟の写真に声をかけてから、ジャンパーを着て外に出た。


全身のだるさ、重さが変わった訳ではないようだし、頭も相変わらず鈍い痛いがある。
しかし、少し前まで、体を動かす気がまるで起こらなかったのに、買い物に行こうと思うほどの気力を感じるようになったのは、とてつもない差だと思う。
これまで、精神的な切っ掛けで、肉体的に大きな変化があった記憶はあまりないが、今回はまさにそんな体験だった気がする。

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コメント欄による交流のこと

抑うつ的な症状としては、ここ数か月では一番ではないかと思うくらい酷く体調が悪かったが、ブログにいただいたあるコメント(現在非公開にしています)を読み、返事を書いているうちに、気分がだいぶ落ち着いた。
文章による交流ではあるが、誰かが自分と同じようなことを思い、感じているのを実感するのは、とても心が落ち着く...支えられるというのだろうか。そんな感じがする。


私は、自死遺族の分かち合いの会に行っても、これまではそれほど大きな共感を感じることはなかった。
だから、分かち合いの会で共感を感じるのは、半ば諦めていた。
むしろ、このブログのコメントで、自分と同じような思いをしているというのを聞く方が、自分にとっては、ずっと支えになっていたように思う。


自分の心を整理し、また、自死遺族でない人に、自分の心境を知ってもらうために始めたブログではあるが、コメントで他の自死遺族の方と交流できるというのは、自分にとっては、何ものにも代え難い、大切な部分なのだと思う。
コメント欄を公開するのは、本当のことを言えば、とてつもなく恐い。
嫌がらせや、自分が堪えられないようなコメントが来るのではないか。
自分の返答が、コメントをくださった方を傷つけるのではないか。
とてつもなく恐い。
でも、それでもこうして細々とコメント欄を有効にしているのは、やはり、誰かしらと関わりを持ちたい。どこかで、そう思っているからなのだろう。


私も、稀に他の方のブログにコメントを投稿することがあるが、それもまた、とてつもなく勇気のいることだと私には感じられる。
きっと、これまでこのブログにコメントをくださった方の中にも、そのように感じていた方は、いらっしゃったのではないだろうか。
だから、これまでこのブログにコメントをくださった方々には、私を支えてくださった方々として、心から感謝をしたいと思っている。
ありがとうございました。

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自覚症状の悪化

昨夜は、深夜遅くまで寝付けなかった。
眠くない訳ではないのだが、何かをしていなければ不安で、急ぎでもないことをネットで調べ続けていた。
神経が過敏になっているのかもしれない。
仕事の付き合いで食事をした場所が飲み屋で、側のテーブルが非常にうるさく気分が悪くなり、店を出る頃にはまともに応答できなくなる程だったのも影響していたのだろう。


先日、肩や腕などのマッサージをしてくれる店に行ってマッサージをしてもらった。
そのときはとても気持ちが良かったものの、街の人ごみの中に暫く居たら、その気分も殆ど吹き飛んでしまった。
昨日の夜には、首から指先まで続く凝りは、ほぼ元通りになってしまったようだった。


今朝は、食事の用意や仕事に行く支度をしていて、さまざまなことがうまくいかなかった。
フライパンに油を敷いて火にかけた後、何も調理せずにフライパンを洗剤で洗った。
こんなことが1回や2回なら、まぁ仕方が無いかとも思うが、あまりに度重なったり連続したりすると、さすがに気分的に疲弊してくる。


以前もそうだったが、今回も手足に力が入らなくなっている。
出勤中は、エスカレーターや駅のホームなどで、普段は肩にかけるか手に持っている鞄を、下に下ろさざるを得なかった。
こんなときは、基本的には家で寝ていた方が良いのだろうが、仕事の締め切りが近いので、行かざるを得ない。

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